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大すきなチェスのトーナメントで がんばって かっこいいメダルをもらったよ。こんど、しゃしんをのせます。 ダニエル 

母のつぶやき:

ダニエルは嬉しいことに本を読むのが何より好きで、「そんなに読んでばっかりじゃ、目が悪くなるよ!」と小言を言わざるを得ない程になりました。それはさておき。貪るように読むのは英語の本ばかり。そりゃ、アメリカ生まれのアメリカ育ちで、英語の方が強いのは仕方ないよね。漢字は難しい!って、いつもブーブー文句を言っているもんね。でもね、ママはライター(のはしくれのはしくれ)でもあること、覚えてて。ダニエルくんや妹のことも一杯、書いてきたでしょ。いつか、ママの日本語の記事を自分で読めるようになりたいよね? 漢字が大嫌いだったら読めないよ。

そんな想いもあって、子育てコラム「親子ダイアリー」連載の皮切りとなったエッセイ「ことばのおくりもの」をここに披露します。(息子はもうすぐ四歳、と書いてあるから、四年以上も前になりました。)ちなみに、英語ブログの方にもダニエルを主役(?)としたエッセイ(もうじき新聞に掲載予定)を加えましたので、そちらも見て頂けると嬉しいです。

ことばのおくりもの

「路傍の石」が読みたい、と無性に思う。娘をストローラーに乗せ、息子の手を引いてゆっくりと歩く午後だ。シアトルの空の下で、なぜ遥か昔に読んだ古めかしい本のタイトルが心に浮かぶのか自分でも分からない。時にはそれが「道ありき」だったり「二十歳の原点」だったりする。中学入試の国語の試験に「路傍の石」の一節が出てきて、ひそかにほくそえんだり、日曜日の特急列車でむさぼるように「道ありき」を読んだりした日が思い出され、ふと感傷的にもなる。さらに思うのは、青春時代に親しんだ本を成長した我が子達と共に読み、感想を語り合う日が来るのだろうか、いや来て欲しい、ということだ。

アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれた息子と娘。親となってから私はあえて日本語を大切にする生活をしてきた。アメリカで弁護士の資格を取り、こちらの雑誌や新聞に記事を書いてきた私にとって英語は重要な意味を持つ。だが日本語が私の母国語であり原点であるという事実は変わらない。息子を妊娠中、膨らみつつあるお腹をそっとなでながら私が口ずさんだのは「ぞうさん」だった。お腹が大きくなるにつれて毎晩、決まった時間になるとロッキングチェアに座り「ぐりとぐら」や「ももたろう」を朗読した。

そんな生活は息子が4歳になろうとする今も、3歳下の娘という新しいメンバーを加えて続いている。 お好み焼きの具を一緒に混ぜ合わせながら「かもめの水兵さん」を歌う。 そんなさりげないひとときがたまらなく楽しい。「子供をバイリンガルにして国際人に育てる。」 そんな表現を私は好まない。日本語を教えるのは私にとって国際人うんぬんの華やかなものではなく、もっと素朴で日常生活に溶け込んだものだからだ。 たかがことば。されどことば。ことばが人生をどんなに豊かにしてくれか私自身、身をもって経験している。選択肢が多いほど人生の醍醐味も増す。日本語というプレゼントを子供たちに与えたい。吸収が早い幼少時代に親として土台を築いてやりたい。その土台さえあれば、さらに何を築いていくかは成長した本人次第だ。

「路傍の石」にはほど遠いけれど、息子はお気に入りの絵本「ぐりとぐら」を今夜も私に読んでとせがむ。二人の子供を両側に座らせては、私自身がかつては大好きだった本のページをめくる。 ぐらが蓋を開けると大きなフライパンから香りが立ち込めそうなフワフワのカステラが顔を覗かせている。
「ねえママ、ぐりとぐらってもりのなかにすんでるの?」
「そうだね、こんどさがしにいこうか?」
「うん、それでいっしょにかすてらつくろうよ。」
こんな会話ができるようになったのが嬉しい。 ことばのおくりもの。 息子と娘の寝顔をまじまじと見つめては十年後、二十年後を思い描く今日この頃である。